強さを誇示し、自分の弱さを隠そうとする

強さを誇示し、自分の弱さを隠そうとする

強さを誇示し、自分の弱さを隠そうとする「囚われ」をもっている。彼らは、自分の価値を証明し、自分の尊厳を守ってくれるものは、ひとえに力であると信じている。自分のテリトリーを強く意識し、それを侵すものはすべて排斥しようとする。いつでも戦う身構えができており、ケンカを厭わないために、周囲の人々をしばしば怯えさせる。自分に正義を行使する使命があると信じ、周囲の人間は皆、妥協的な弱虫だと考えるので、協調性や柔軟性に欠ける傾向がある。他人の弱点をすばやく見抜くのも特技で、挑まれると容赦なく相手の弱点を攻撃する。

 

 

葛藤を避けようとする「囚われ」がある。平和を乱すことを避け、周囲の人々に適合しようとすることは、穏やかな人生を送ることを第一に考えるため、ややもすると無気力で怠惰になりがちで、新しい知識などを許容しようとしない。どの意見も理解できるために、自分の意思を表明することができず、優柔不断な人間と思われがちだ。自分の願望を蔑む傾向があり、他人の願望の方が重要に見えることも、意思決定を困難にしている。周囲からプレッシャーを与えられると、意思を示さぬばかりか、動くことをやめて、無言の抵抗を示す。

 

 

性格の悪い傾向である「囚われ」を意識し、認めることは、けっして愉快なことではない。「私はここまでひどくない」と憤慨する人もいるだろう。しかし人間は、誰でも、各タイプ特有の「囚われ」をもっていると説く。程度の差こそあれ、誰もが囚われているのだ。そして「囚われ」を知ることの第一の効用は、すでに述べたようにあなたの性格上の悪い傾向を知ることで、自らを深く認識できる点だ。「私には?の傾向がある」ということを知れば、自分の内面の状態をよい方向に向かわせることができるわけだ。「気づきこそ癒し」という言葉で「囚われ」への認識の重要性を説いている。