完壁をめざして努力

完壁をめざして努力

「囚われ」が素直に認識できるのは時間の感覚だ。「あの人は時間にルーズだ」とか「あの人は時間に縛られている」など、時間に対する感覚で他人を評することは多い。時間は、私たちにみな同じように与えられている。だから誰でも、時間の経過を同じように感じるはずだと思いがちだ。しかし、エニアグラムの知恵はそうではないということを教えている。それぞれのタイプによって時間の観念が違うということ。つまり自分の時間の感じ方と、他のタイプの時間の感じ方は大きく異なることになる。そしてそこに「囚われ」が大きく作用しているのだ。

 

 

完壁をめざして努力するタイプーは、常に時間に追われている。タイプーに「時間は十分にありますか?」と聞けば、必ず「いや足りません」と答える。完全かどうかを十分にチェックしなければならないからだ。タイプーには、やるべきことがいっぱいあり、しかもていねいにやらなければならないから、たとえ時間がたくさんあっても、十分ということはない。その余裕のなさから、真面目な遊び下手になりがちだ。タイプーは、たっぶり時間がある仕事を綿密にやってほしいと頼まれれば生き生きとするが、正確を期待する仕事を短い時間にやってくれと頼まれると怒りを覚える。

 

 

他人のために役に立ちたいと考えているタイプ2にとって、時間というのは、人間関係を築く出会いのチャンスであり、人を助けるために存在するものだ。人のために役に立たない時間は、耐え難いほど憂鬱なものでグラダラと経過する。 一方、自分が人の役に立っている、あるいは他人と仲よくしていると実感できる時間は「よい時間」だ。彼らは、自分が生かされていると感じ、時間は非常に快適に過ぎていく。例えば忙しくて苦しんでいる人がそばにいるとき、「そんなのほっといて自分の仕事をしろ」と言われれば、「非情な人間だ」と憤慨する。